小唄は幕末から明治を生きた清元の名手、清元お葉がその始まりと言われている。父、二代目清元延寿大夫へ、大名茶人として有名な松平不昧公が送った歌「散るはうき散らぬは沈む紅葉葉の 影は高尾か山川の水」に節をつけたのが最初の小唄と言われている。
一方、一般に小唄の祖は「端唄」と言われている。確かに、「端唄」と「小唄」両方の看板をあげているお師匠さんもいるし、同じ曲をときに「端唄」として、ときに「小唄」として歌うことはよくある。何より公益財団法人日本小唄連盟もそのように説明しているので、やはり小唄は端唄から派生したのだろう。
しかし、実際に「端唄」と「小唄」は実践者の目で見ると大きく異なる。まず、両方ともお座敷でよく演奏される。端唄は、芸者衆の踊りを伴うことが多く、歌も三味線も地方と呼ばれる芸妓が1人で演奏する。三味線は撥を使い、曲調は華やか。一方の小唄は、芸者の三味線で客(旦那衆)が唄うことが多い(少なくとも我々の現場では)。時に芸者の踊り(小唄振り)を伴うこともあるが、旦那衆同士が唄を聴かせ合うのが本道であろう。三味線は撥を使わず指で弾く。爪弾きと言われるが、実際は指の肉も使っている。当然、三味線の音量は少なく音も渋い。
小唄は基本的に糸方と唄方が分かれている。師匠だけは、弟子に唄って聞かせなければならないので三味線と唄を同時に演奏する。いわゆる弾き語りをしなければならないが、師範未満は基本的にどちらかである。これは三味線の節と唄の節が必ずしも合致していないからであり、時に早間があったり。これは、小唄が三味線を聴かせる音曲であるという説の所以である。一方、端唄の三味線は伴奏に近い。最初から弾き語りに適するようにできている気がする。
この点が、そもそも小唄と端唄の違いだと思う。小唄の師匠は日頃から稽古で弾き歌いをしているので気が付かないのかもしれないが、素人レベルで考えると、小唄の弾き語りなど人間業ではないと言わざるを得ない。三味線と唄の分業。小唄のこの特徴は、小唄は端唄よりもむしろ清元、常磐津などの語り物に近いと言えるのではないかと思う。確かに、小唄は語らない。しかし、「語るように唄え」と教えられる。やはり、小唄は端唄の変種ではなく、語り物の末裔なのではないだろうか。
写真は、(益社)日本小唄連盟のホームページから転載。