平成庭園夕月の会

獨楽庵の茶会ではありませんが、獨楽庵亭主の小坂宗優が席主を勤めます。

令和6年9月15日(日) 江戸川区行船公園・平成庭園にて『夕月の会』(野立)が催されます。私は平成庭園内の「源心庵」にて開かれます協賛茶会に釜を掛けます。

「夕月の会(野立)」は9月15日(日)午後1時から5時まで。無料です。

協賛茶会は同日午後1時から7時まで。私も含めて3席開かれます。
🪷 花の間 遠州流茶道 田中宗未
🌕 月の間 宗徧流 小坂宗優
❄️ 雪の間 表千家 宮本啓子

会場は、江戸川区行船公園・平成庭園
江戸川区北葛西3-2-1
【徒歩】東京メトロ東西線「西葛西駅」より徒歩15分
【バス】東京メトロ東西線「西葛西駅」下車 都営バス(新小21 新小岩駅行)で「宇喜田」または「北葛西2丁目」下車
【車】行船公園北側に東京都有料駐車場(300円/1時間)がございます。

お時間ございましたらお出まし下さいませ。

本年は茶券3,500円でございます。お問い合わせ、お茶券ご希望の方は、獨楽庵までお申し出くださいませ。

info@dokurakuan.com

武藤山治

少々政治の話に関わる。このブログでは政治の話は無しにしようと考えているが、このテーマだけは避けて通ることができない。現在、八王子・元横山町の桑都茶寮に現存する茶室「獨楽庵」の施主、武藤山治氏のことである。

山治氏は1867年4月5日美濃国安八郡脇田村(現在の三重県海津市)の豪農・佐久間国太郎の長男として生を受ける。米国留学の後、親戚の武藤松右衛門の養子となり武藤姓を名乗ることになる。1893年三井銀行に入社し、翌年鐘淵紡績兵庫分工場支配人として転出し、以後1930年(昭和5)に社長を退くまで鐘紡の近代化と成長に貢献。途中、実業同志社から政界に進出(衆議院議員)。1932年(昭和7)には時事通信社に入社し言論活動を始める。そして、1934年(昭和9)、北鎌倉の自宅前で凶弾に倒れる。

まさに波乱万丈の生涯であり、国を愛し、腐敗した政治を糾弾し、それを正すには国民の政治的成熟が必要と訴えた。1932年には大阪大手前に国民の政治教育の殿堂足るべく私財を投げ打って『國民會館』を創設。

その『國民會館』は今もその大手前で活動を続けている。その山治氏が北鎌倉に結んだ茶室「獨楽庵」を運営する身としては山治氏について学ばぬわけにはいかない。ということで、早速「國民會館」に入会。入会申し込みに際して、獨楽庵云々・・・について簡単に書き添えたところ、國民會館館長の武藤治太氏より著書を頂戴した。

早速、縁を感じつつ読み始めることにする。

You’ve Got A Friend

Carole Kingのデビュー作にして1972年のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した『Tapestry(邦題「つずれおり」)』収録曲。1972年グラミーの最優秀楽曲賞でもある『You’ve Got A Friend(君の友だち)』

邦題の「君の友だち」は少々頂けないが曲は、50年経ったいまでも全く古さを感じさせない。この曲を聴いていてふと思ったこと。
この”友だち”とは神様ではないのか。

僕はキリスト教徒ではないので、深入りすることは差し控えるが、そう思えるのである。

”When you’re down and troubled. And you need some lovin’ care and nothin’, nothin’ going right. Close your eyes and think of me. And soon I will be there. To brighten up even your darkest night. ” そして、”All you have to do is call”とも語っている。

これは「神」だろうと。異教徒でも思う。

似たようなテーマの楽曲に、今井美樹が歌った『幸せになりたい』(作詞・作曲 上田知華)があるが、「冷たいやつがいる だけど友達が待っている ここにおいで」と歌い、友達に寄り添う気持ちを綴っているが、これはあきらかに実在する人間。

神について、ストレートに語らず、人間対人間のように綴りながら実は神について語っているという詩は意外に多いような気がする。

日曜日の昼間に獨楽庵の庭を眺めながらビールをのんで一考。

小唄考(2)

方角には「語りもの」と「歌いもの」に分類されるという。「語りもの」は三味線を伴って詞章を語り語るように唄う。詞章は気持ちを語るというよりは、状況を説いていくもので「叙事的」と言われる。先祖の謡の詞章がそうであるように。一方、「歌いもの」は、三味線をともなうところは「語りもの」と共通であるが、よりメロディ重視で歌詞も「抒情的」になる。と、言われている。

そこで、我が「小唄」であるが、一般的に「歌いもの」に分類されるようである。日本小唄連盟もそう言っているので、そうなのかもしればい。しかし、これには違和感がある。小唄の歌詞は確かに、多分に「抒情的」である。一見「叙事的」に淡々とした詩であっても、その実は情熱的であったりもする。

しかし、演奏形態としては、三味線と語り(太夫)による浄瑠璃に近い。演奏会などで例外的に団体で演奏することもあるが、基本は三味線方一人(たまに替手が入る)と唄手一人である。

これからが核心であるが。師匠からは、「語るように唄え」と指導される。節は確かにある。しかし、節に言葉を乗せてはならないということである。あくまで、言葉を言葉として捉え、余計な節はつけずに語る。加えて、基本的に三味線方と唄手は分業である。時に、弾き語りをすることがあるが、それは師匠が弟子に教える時に弾き語りができなければ、どうにもならないという理由からだ。舞台では、どんな名手でも弾き語りはしない。そこが「語りもの」と考えるべき所以である。

小唄を見せ物として弾き語りすることもあるだろうが、それはすでに「小唄」ではなく「俗曲」というべきであろう。

小唄松峰派55周年記念演奏会、無事終了

小唄松峰派樹立55周年記念演奏会。無事終了しました。当日のしかも直前になって、手締めの音頭を取れという無茶振りもありましたが、それを含めなんとか無事にお役目を果たすことができました。

小唄の他にも、お茶と能楽と二刀流ならぬ三刀流でなりふり構わず稽古を続けております。その三者、違うところはもちろん山程ありますが、共通点も。それぞれに「道」なんだなあと痛感しております。
稽古を続けていると、ある時「出来た」と感じる時がありますが、その瞬間に次の課題が見えてくるものです。そうして、徐々に高みに昇り、自信満々本番に臨むと、無慈悲に突き落とされる。それでもスタート時からは確実に進歩している。「道」とはそういうものなのでしょう。


今日から5月18日の日本小唄連盟『さつき会』に向かって稽古を始めます。場所は同じ日本橋・三越劇場。お茶では、9月15日(日)西葛西行船公園・源心庵『月見の茶会』にて薄茶席、10月24日(木)鎌倉・建長寺様『四つ頭茶会』にて薄茶席を担当します。
また、どこかでお目にかかりましょう。

小唄松峰派樹立55周年記念演奏会

地元の”悪い”先輩に強引に引きづり込まれた小唄の世界。稽古をはじめてはや25年。その間に師匠は2回替わり、現在は小唄松峰派の家元、二代松峰照師のもとで稽古に励んでいます。10年前には、「照正(てるまさ)」という名前も頂き、昨年は「準師範」も頂きました。

「準」とはいえ「師範」となのつく物を頂いてしまうと、「芸者が遊んでくれなくなるよう」と軽口を叩いておりましたが、実際に許状をいただくと、やはりその重みに身が引き締まります。その重みで稽古に励んだ、「雨の宿」と「一人暮らし」を唄います、また、番外では、八王子芸者衆の協力を得て、小唄振りで「未練酒」と「好きなのよ」を唄います。

この25年間、なんども舞台にあがりましたが、小唄の舞台というのは独特の緊張感があります。まず、一曲一曲が短いので、躓くと修正することができません。唄い手は1人。助けてくれる後見はいません。

お茶では、師匠から「常を晴れに、晴れを常に」と教わり続けてきました。「常」がいかに大事か。緊張とは、本番で稽古(常)以上のパフォーマンスを発揮しようとおもう心から生まれる。何事も、稽古以上のものは舞台ではひき出せないのだと悟れば、緊張はない・・・(はず)。あわよくば・・・というスケベ心が落とし穴。こういう心の乱れを大龍和尚は「矛」と言った。そして、その「矛」を己の心を一槌にして打ち砕けと。

万が一、明日午後日本橋にお出かけのことがあれば、三越劇場に冷やかしにお越しください。もちろん、入場無料です。

プログラムはこちら

能を観に京都へ

京都の北東、一乗寺という地にある関西セミナーハウスにある能舞台「豊響殿(ほうきょうでん)」で催された能を観に京都へ。この地は、雲母(きらら)と呼ばれているようで、豊響殿に登っている急坂道には「きらら」を冠した看板がいくつか見れる。

「豊響殿」は豊臣秀吉三百年遠忌に京都・豊国神社に造られたが、その後この地に移設されたとのこと。豊かな自然の中にある能楽堂。鳥の囀りや竹藪からの風の音が流れてくる中での能は、ビルの中の能楽堂での能とは違い、その出自を感じさせてくれす。

番組は、「百万」。狂物の代表作。奈良の西大寺あたりで子供と生き別れになった女(百万)が狂女となって京に登り嵯峨野清涼寺に辿り着く。ここで、曲舞を舞いながら子供行方を探すのであるが、そこに子供が拾った男と一緒にやってくる。男は、門前の者に面白いものはないかと尋ねたところ、門前の者は百万を勧める。仏のご加護か、我が子の目の前で舞を披露する百万。子供は舞から自分の母であると気づくが、なぜか名乗りでずに舞を観続ける。最後に男が、この子こそ貴女が探していた息子であると名乗り。母子は無事再会を果たし奈良の京都に帰っていく。というストーリー。

狂女の「狂」とが精神錯乱状態になっているという意ではなく、一心不乱になっているという意味。我が子の行方を探すことだけを念じている。百万はそういう女。

能には、子供と生き別れになったという設定のものが少なくない。百万のように理由もわからず離れてしまったのもあるし、攫われたものも。果ては、自分から捨てたというものもある。今の「人権」時代にはありえない話であるが、当時は普通にあったのかもしれない。大抵は再会を果たしハッピーエンドで終わるのであるが、一つだけそうでないものがある。「隅田川」。隅田川の登場人物の供養と伝えられる木母寺は芸能精進祈願でも知られる。この墨田区墨堤通りにある。

墨堤通りといえば、長命寺の桜餅。豊臣秀吉公から桜餅か(笑)

小唄考(1)

「小唄ってなに?」と尋ねられて、一言で説明するのは難しい。25年も稽古を続けていながら・・・ 

そもそも、巷には「祇園小唄」や「お座敷小唄」など「◯◯小唄」という楽曲が数多くある。この場合、「小唄」というのは”短い” ”軽い”唄という意味であろう。しかし、ここで考えようとしている「小唄」は、「◯◯小唄」とは一線を画するもの。あえて言うなら、「江戸小唄」。

小唄の成立を辿ると「端唄(はうた)」から派生したという文章が目につく。実際に、「端唄」と「小唄」両方の看板を出しているお師匠さんも少なくない。だが、敢て小唄と端唄は別物と主張したい。そもそも、端唄は江戸時代にうまれた「流行歌」である。誰がつくったのかも記録されていない。口伝いで普及した流行化である。

これに対して、小唄は作詞者、作曲者がきちんと記録されている。そもそも、小唄はは江戸時代の末期に、二代清元延寿太夫の娘、お葉が父の遺品からみつかった松平不昧公の歌「散るは浮き 散らぬは沈むもみじ葉の 影は高尾か山川の水」に少し手をくわえ節をつけたの始まりといわれている。「小唄 散るは浮き 作詞 松平治郷 作曲 清元お葉」なのである。

先輩諸氏からは「小唄はきちんと師匠と正対して習い、外で唄うときには師匠に許された曲のみとすべし」と教わった。作者がはっきりしているのであるから、しっかり稽古して節をしかりと身につけなければならない。適当では済まされない、ある意味「道」の要素がみてとれる。端唄にそういう要素はない。

写真は、不昧さんのお国、松江の銘菓「山川」。

ド素人のラケットインプレッション

かれこれ3ヶ月テニスから遠ざかっています。そのストレス解消にと、ラケットの新調を試みました。今時であるからYouTubeなどインターネットの上の情報をかき集めて決めたのは、ダンロップのCX200os。ダ社の製品は、Cで始まるのはコントロール系ということで、ラケットがボールを飛ばしてくれる感は少ないが、打感が良いというもの。末尾についてる”os”は、”over size”ということで、現在主流の100平方インチよりも5%広い105平方インチ。いわゆる“デカラケ“です。

フレームはしっかり、打感はソフトという好みのスペック。ダンロップのアイコンである、元日本一位の鈴木貴男プロのコメントでも、打感のソフトさは強調されていました。鈴木プロのプレイスタイルは“サーブ&ボレー“。プロの世界では全くみなくなったプレースタイルですが、アマチュアではまだまだアリ。不祥私もその末席を汚しているわけでございます。鈴木プロはそのポンコツ。サーブ&ボレーヤーの憧れのプレイヤーの一人であります。その鈴木プロが、柔らな打感を絶賛しているのですから手に入れない話はありません。長年付き合ってきたウイルソンから「浮気」でもあります。

そのCX200os。初打ちしての感想は、①確かに打感は柔らかいが、もっと球を掴むフィーリングが欲しい(←ストリングで対策できるかも)②意外や弾道が低い(フラットで打つとネットしやすい) ③サーブは回転をコントロールしようとせずに素直に当てれば素直にスライス回転がかかる  ②はもしかしたら、フラットに打ったつもりでも自然とスピンが入っているのかもしれない。もっとネットの上を狙って打てば、スピンがかかって良いドライブになるのかもしれない

というところ。満足度は70%という感じです。使い込んでいけば、もっと長所が見えてくるかもしれません。

富山にて

金沢からの帰り道、富山で寄り道。あまり時間に余裕がないので、駅前で店を探したところ、駅ビル内に「北陸料理」と銘打った和食店を発見。

「魚の昆布締め二種」「すり身の揚げ物」と地元の純米吟醸酒を注文。昆布締めは、王道の鯛とキハダマグロ。赤身魚の昆布締めは初めて。要はなんでも昆布締めすると一味上がるということか。流石にトロは無理だろうが。すり身の揚げ物は、いわゆるフレッシュな薩摩あげ。

追加で注文した「新茗荷と生麩の玉子とじ」は土鍋で登場。出汁を張った土鍋に生麩と茗荷を投入して煮立ったところで溶き玉子とう感じか。これは懐石の煮物椀としイケるかも。