“柳橋から小舟で急がせ 山谷堀 土手の夜風がぞっとみに沁む衣紋坂
君を想えば あわぬ昔がましぞかし どうして今日はござんした
そういう初音を聴きにきた“
柳橋とは江戸イチの花街であり、吉原遊廓の表玄関でもある。当時の粋人は柳橋から猪牙舟で隅田川に出て、山谷堀を上り日本堤に到着。そこから衣紋坂をを登って吉原大門に向かっていたらし。
まだ春浅い陽気。柳橋でいい調子で飲んでいたら、衣紋坂に辿り着く頃にはすっかり陽も落ち、川風の冷たさが身に染みるというのである。衣紋坂を進んでいると、馴染みの遊女に見つかり、軽く嫌味も加わり「今日はどういうわけでいらっしゃた」と問い詰められる。遊女も遊女で、この男に逢いたい一心でいたところに偶然出会ったので飛び上がるほど嬉しいはずであろうが、それを隠して(隠せないだろうが)つれない素ぶり。
そんな遊女の気持ちを知ってか、知らずか、男は「そういう愚痴を聞きにきたのさ」と軽くいなす。もちろん、「愚痴」などと野暮な言葉は使わずに、「初音」と洒落るところがいかにも小唄らしい。