大袈裟な話をすると、私の“ドメイン“は、「茶道」「能楽」「小唄」の三つです。その中でも、獨楽庵を運営していることもあり、どうしても茶道に比重が移りがちです。昨年は、4月に京都・南禅寺で開催された茶道宗徧流全国流祖忌で献茶をご奉仕する栄によくしました。そのため、日々は献茶の稽古に没頭し、茶道を最優先にしてまいりました。
献茶が無事済むと、今度は11月の能舞台に向けて「猩々」(シテ)の稽古に集中。どうしても、小唄に時間を割くことができませんでした。言うなれば、献茶も能も一人では成り立たず。大勢の方々の力を借りながら成り立つもの。逆に言えば、それだけ責任は重大です。
小唄がそうでないとは言いませんが、「小唄は個人」という意識が強く、そのためどうしても「献茶」や「能」に比べると優先順位が下がってしまいます。
11月に銀座・観世能楽堂で「猩々」を無事に勤め、さてこらからは小唄に!と思ったのも束の間、謎の咳に悩まされ続けること三ヶ月。結局、小唄からは一年間遠ざかることになってしまいました。
咳が治った今年の2月頃から稽古に復帰。5月の勉強会に向けて「二人して」「夕立の余りに」。それから三味線で「言わなきゃ良かった」に取り組んでいます。稽古を再開した時には、正直小唄の唄い方さえ忘れかけていましたが、家元で稽古を重ねるに従って段々感覚が戻ってきたような気がします。それにつれて、自身も少しずつ戻ってきて、5月はしっかりと唄えそうな気になってきました。
それと並行して、noteに小唄関係の駄文を掲載するようになりました。素人の勝手な解釈ですが、「小唄とは何者?」と気になっている方に、少しは参考にしていただけるのではないかと思います。「唄う茶道家の小唄鑑賞」というタイトルで書き連ねております。ご笑覧いただければ幸いでございます。

