「最果ての 今宵別れていつ会えるやら 尽きぬ名残を一夜妻 帯も十勝にこのまま根室 灯をを消して 足袋脱ぐ人に 雪明かり」
歌人・石川啄木が最果ての釧路の停車場に降り立ったのは、明治41年(1908)1月21日。この時の心情を読んだ歌に「さいはての 駅に降り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りけり」がある。北海道新聞社の前身である釧路新聞社の記者として釧路に入った啄木は、この地に76日間滞在した。
その間、三人の女性と激しい恋に落ちたと言われる。この小唄は、その啄木が釧路を立つ4月5日の前夜の情景なのかもしれない。激しい恋をした啄木も、今宵ばかりはしっとりと最後の夜を過ごしたのだろう。「帯も十勝」は「帯も解かじ」である。帯も解かずに、このまま根室(眠ろう)。静かさ故に激しい恋の炎を感じさせる。小田将人作詞、松峰照作曲(昭和45年)小唄松峰派、代表曲の一つである。
江戸小唄では、一般に古曲を扱う。明治から大正にかけて作られた唄が多く、その時代を唄った楽曲もあるが、江戸時代の庶民の心情を唄ったものが大半である。確かに、江戸情緒に浸るのも悪くない。しかし、唄に容易く共感を覚えることはできない。松峰小唄は、まさに現代の唄であり、我々、特に昭和世代には胸に刺さる楽曲も多い。この「雪あかり」は三味線もドラマチックであり、新曲を得意とする松峰派ならではの名曲だと思う。
もう少しすると、この曲にぴったりの陽気になりますなあ。