ナレッジナビゲーター

SNSに昔のパソコン事情について書きながら、大昔のAppleについて記憶が蘇ってきました。Knowledge Navigator。Appleが1987年に発表したコンセプトムービーです。薄型の液晶画面を指による“タッチ“と音声で操作し、画面に登場するアシスタントと対話しながら情報を集めたり、資料を作ったり、スケジュールを管理。

その当時は「夢物語」でした。それは、Appleがその“Knowldege Navigator”という名前を冠してよに送り出した製品が、Knowlegde Navigatorコンセプトとは似ても似つかない駄作であった事からもわかります。

AppleからはiPadという“タッチ“操作可能は大型液晶画面を備えた薄型のデバイス“iPad”が製品化され、すでに市民権を得ています。最新のiPadはAIを動かすに十分な処理能力を備えています。音声で操作することもすでに可能になっているでしょう。

今日のiPadこそ、1980年代にAppleが夢みた”Knowledge Navigator”なのです。その間、40年の月日が経ち、Appleのガバナンスも幾度か大転換を経験しましたが、Appleという会社が夢を実現したことは確かです。

noteというサイト、ご存知ですか

note(note.com)という投稿サイトに駄文を掲載しています。SNSで発信していますが、instagramは写真中心、Xは短文。Blogが中長文。noteはさらに長文に適しています。

先日、「茶道に余白は存在するのか」というタイトルで投稿しました。本日、その続編として、「型は何のために」という駄文を投稿いたしました。お時間あればご笑覧くださいませ。獨楽庵日々の運営のポリシーにつながっていると思っております。

📕茶道に「余白」は存在するのか

📕「型」は何のために

お茶の先生はなぜセッカチなのか

全てのお茶の先生がそうであるということではないのですが、「せっかち」なお茶の先生は多いと思います。かく言う私もそのような自覚があります。

長年温めていたこの疑問は氷解しそうな気がしてきました。きっかけは、あとあるブログ。訪日外国人に対するイライラの元が趣旨であったと記憶しています。曰く、電車が駅に着く前に降りる準備をしていない。否、降りる気構えさえない。だから、電車が駅についてドアが開いてからデカい荷物を引きずって、乗車してくる客の流れと逆流しながら電車を降りる。これが原因で電車が遅れるのだと。暗に日本人は、目的の駅に到着する前にドア付近に移動し、降りる体制を整えているとおっしゃりたいようです。確かに、全ての日本人がそうではないにしてもかなりの割合で、そういう行動をとる日本人はいると思います。

気になったのは、「段取り」。茶人は段取りが好きです。段取りマニアです。ある程度点前の技量が整ったら、そこから先は段取りの稽古が主になると言っても過言ではないかもしれません。

常に、段取りをして先を予測して、効率よう動く(動こうとする)“茶人“にとって、行き当たりばったりの行動が癇に触るのです。その姿が「せっかち」に見えるのではないでしょうか。