柳橋から

“柳橋から小舟で急がせ 山谷堀 土手の夜風がぞっとみに沁む衣紋坂
君を想えば あわぬ昔がましぞかし どうして今日はござんした
そういう初音を聴きにきた“

柳橋とは江戸イチの花街であり、吉原遊廓の表玄関でもある。当時の粋人は柳橋から猪牙舟で隅田川に出て、山谷堀を上り日本堤に到着。そこから衣紋坂をを登って吉原大門に向かっていたらし。

まだ春浅い陽気。柳橋でいい調子で飲んでいたら、衣紋坂に辿り着く頃にはすっかり陽も落ち、川風の冷たさが身に染みるというのである。衣紋坂を進んでいると、馴染みの遊女に見つかり、軽く嫌味も加わり「今日はどういうわけでいらっしゃた」と問い詰められる。遊女も遊女で、この男に逢いたい一心でいたところに偶然出会ったので飛び上がるほど嬉しいはずであろうが、それを隠して(隠せないだろうが)つれない素ぶり。

そんな遊女の気持ちを知ってか、知らずか、男は「そういう愚痴を聞きにきたのさ」と軽くいなす。もちろん、「愚痴」などと野暮な言葉は使わずに、「初音」と洒落るところがいかにも小唄らしい。

茶道もしくは茶の湯

茶道あるいは茶の湯というもの(以後、面倒なので“お茶“とする)に対する興味はそれこそ千差万別。同じ流儀に所属し、一緒に稽古をしていても異なる。ここが茶道教授として指導する際の最大の問題の一つである。とは言え、ある程度のモデルを設定しないと指導がしにくいことも事実。

そこで、“お茶“に対する興味の構成要素について考えてみた。構成要素は概ね次の3つにまとめられるであろう。
 ① 点前、作法
 ② 道具、設え・室礼
 ③ おもてなし

“お茶“に対する興味は、この三要素の強弱で考えることができるのではないだろうか。茶道教授を名乗る方は、①に対する興味が一際強いのではないかと感じることは多い。一方、数寄者(すきしゃ)と呼ばれる方は②に対する興味が強いようである。茶道教授も数寄者も多かれ少なかれ、おもてなしには興味があるはずである。なぜなら、それがお茶の目的であるからだ。しかし、おもてなしに一際強い興味をお持ちの方もいらっしゃる。三要素は、どれが強いか弱いかということが重要で、どれが欠けていても“お茶“にはならないだろう。

それでは、自分はどうなのかというと、
 ① 点前、作法 ★
② 道具、設え ★★
③ おもてなし ★★★
というあたりかと思う。

準備を整え、お客様をお迎えし、懐石・抹茶をお出ししながら“お茶“の話をする。しかも一方向ではなく対話。これがことの他楽しいのが現在地。

敷居

内部にいるときずかないが、外から見ると厳然として存在するもの。「作法」。それこそが、日本の伝統への障壁になっているのではないかと考えはじめている。例えば私自身は茶道という世界に身を置いて四半世紀。今では空気のように意識の対象ではない「作法」であるが、習いはじめは違和感を感じつつも、いつの間にか意識から消えてしまっていた。それ故、茶道に馴染みのない方々からの“SOS“を見逃していたような気がする。

身につけてしまった、言い換えればこっち側の人間にとっては、空気のような意識しないものでも、作法とは何かと想像すら及ばない方々、言い換えればあっち側の人々にとっては一大事なのである。我々、“こっち側“の人間はつい「作法なんてどうでもいいんですよう」などど軽はずみに口にしてしまうが、それは解決策になるどころか、さらに障壁を強化しているのではないかと考えるようになった。“あっち側“の方々にとって「作法」は不安の根源である。であれば、不安を取り除けば障壁は下がるのではないだろうか。

「作法」はどうでもいいものではなく、「一大事」であることを肝に命じて発信を続けていきたいと思う。