歌澤節

まことに不覚ながら、「歌澤節」という江戸末期に誕生した三味線歌曲を見逃していました。改めて、ネットを検索してみると、「歌澤節」とは実に妙味深い歌曲であることがわかりました。

大方の説ですと、歌澤節は端唄から派生したものとのことです。端唄はいわゆる流行歌ですのでサラッと歌いますが、歌澤はまったりと歌うことで、渋みと深みを持たせています。三味線の手も少なく、歌をじっくりと聞かせる方向に進化したようです。歌の内容も男女の仲を題材にしたものが多く、花柳界で人気が高かったということです。


YouYubeに歌澤節がいくつかアップされていたので早速聴いてみました。第一印象は、「(江戸)小唄に似ている」というもの。実際、歌澤節の演者が江戸小唄の興隆に大きな役割を果たしていたようです。小唄の父は端唄ということになっていますが、歌澤節と江戸小唄はその血を分けた兄弟のように思えます。

違いは、江戸小唄は歌澤と比べるとテンポがよく、三味線の技巧を聴かせる要素が多いように思います。言い換えると、歌澤節は全編ゆったりと、まったりと歌うので、ある意味「退屈」です。そのため、後発の小唄は途中で早間を入れたり、セリフを入れたり、三味線を聴かせたりと変化に富んでいるということかもしれません。この辺りは、専門家の意見を拝聴したいとことです。

いずれにしても、「歌澤節」。なかなか興味深いジャンルです。

哥澤オフィシャルサイト

秋の小唄

四畳半の音曲とも称される「小唄」ですが、秋の唄は意外に少ないようです。秋の夜空に浮かぶ冴えた月はとても粋な気がするのですが。

私が秋と聞いて真っ先に思い浮かべるのは「手紙」という唄です。作詞 茂木幸子、作曲 初代松峰照

「秋ですね 月の青さが切なくて 思わず手紙を書いてます あんな別れをしたままで 素知らぬふりして気に病んで 意地で堪えているものの やっぱり貴方が恋しくて 一人でお酒を飲んでます」

八王子の花柳界には、「手紙」の小唄振り(小唄に合わせた舞踊)を持っている芸者がいました。この芸者の振りでは、巻紙に筆で手紙を書く振りが入っていました。この唄ができたのは昭和の後期です。加えて、松峰小唄に出てくる女性は現代的な自立した女性が多いことを考え合わせると、手紙は万年筆のような気がするのです。

小唄|お伊勢参り

ひねりも何にもないテーマで申し訳ありません。10月25日(土)、伊勢神宮で行われた茶道宗徧流家元献茶式に参列するため、今週末は伊勢に滞在していました。そうなると、自然に頭に浮かぶのは小唄「お伊勢参り」。

”お伊勢参りに 石部の茶屋であったとさ 可愛い長右衛門さんで 岩田帯を締めたとさ エッサッサの エッサッサの エッサッサのサ”

小唄を嗜んだ方であれば、ほとんどの方が初心者の頃に稽古なさったと思います。小唄でも一、二を争うポピュラーな楽曲です。この曲は、浄瑠璃の『桂川連理柵』を題材にしています。長右衛門とは、京都の呉服店帯屋の主人、45歳。お半は、隣家信濃屋の娘13歳。この二人が、お伊勢参りの帰り道、石部(琵琶湖の南、東海道の石部宿)で偶然会ったことからただならぬ仲となり、お半は身籠ることになります。とても世間が容認できる仲ではありません。二人は悩んだあげく、帯祝いの日(妊娠5ヶ月に岩田帯を締めるお祝い)に桂川で入水心中を図るという悲恋の物語です。

これを題材にした浄瑠璃をテーマにした小唄です。聴衆はもちろんこの物語を知っているという前提です。こういう、聴衆のリテラシーを前提にした芸術は日本の定番ですね。それはともかく、この悲劇を陽気な節に乗せているところが、江戸っ子らしさ、小唄らしさだと思っています。悲劇だから、思いっきり悲しく演じるのは江戸っ子の趣味ではありません。

「いわずもがな」「それを言っちゃーおしめーよ」は江戸っ子の矜持であり、その心持ちは東の茶の湯に息づいていると思うのです。