『伽羅の香』の話がでたので、同じく初心者が初めに習う代表曲として『お伊勢参り』について。
”お伊勢参りに 石部の茶屋であったとさ 可愛い長右衛門さんで 岩田帯を締めたとさ エサッサノ エサッサノ エサッサノサ”
歌舞伎の『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』を題材にした小唄である。登場人物は、信濃屋お半、14歳。長右衛門、38歳。お伊勢参りの道すがら、石部で出会った二人は一夜をともにするが、あろうことはお半は身籠もってしまう。それは、「岩田帯」から明らかである。お半は許嫁があったこともあり、二人は桂川で入水自殺に至るのであるが、それを1分少々の唄にまとめたのが小唄『お伊勢参り』である。この芝居を題材にした唄は他にもあり、それによればお半はまだ振袖で、二人は岩田帯で互いを繋ぎ入水したことが描かれている。
小唄に限らず、日本文学、日本の歌謡は引用の芸術であると思う。和歌や俳句は短い文字数で情景を伝えなければならない。例えば、まくらことばは、出てきたら読む人が共通にある情景が浮かばなければならない「キーワード」である。この場合も、「お伊勢参り」と出たら芝居の「お半長右衛門」が頭に浮かばなければ、この小唄は成立しないのである。
この唄の題材になっている「お半長次郎」は心中に至る悲恋の物語であるが、それを軽快な節と、後半のエサッサ・・・で煙に巻いている。ゆえに、「お伊勢参り」で「お半長次郎」が浮かばなければ、只の調子の良い唄になってしまうし、そう唄ってしまう。そこが、小唄の難しいところだと思う。