お伊勢参り

『伽羅の香』の話がでたので、同じく初心者が初めに習う代表曲として『お伊勢参り』について。

”お伊勢参りに 石部の茶屋であったとさ 可愛い長右衛門さんで 岩田帯を締めたとさ エサッサノ エサッサノ エサッサノサ”

歌舞伎の『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』を題材にした小唄である。登場人物は、信濃屋お半、14歳。長右衛門、38歳。お伊勢参りの道すがら、石部で出会った二人は一夜をともにするが、あろうことはお半は身籠もってしまう。それは、「岩田帯」から明らかである。お半は許嫁があったこともあり、二人は桂川で入水自殺に至るのであるが、それを1分少々の唄にまとめたのが小唄『お伊勢参り』である。この芝居を題材にした唄は他にもあり、それによればお半はまだ振袖で、二人は岩田帯で互いを繋ぎ入水したことが描かれている。

小唄に限らず、日本文学、日本の歌謡は引用の芸術であると思う。和歌や俳句は短い文字数で情景を伝えなければならない。例えば、まくらことばは、出てきたら読む人が共通にある情景が浮かばなければならない「キーワード」である。この場合も、「お伊勢参り」と出たら芝居の「お半長右衛門」が頭に浮かばなければ、この小唄は成立しないのである。

この唄の題材になっている「お半長次郎」は心中に至る悲恋の物語であるが、それを軽快な節と、後半のエサッサ・・・で煙に巻いている。ゆえに、「お伊勢参り」で「お半長次郎」が浮かばなければ、只の調子の良い唄になってしまうし、そう唄ってしまう。そこが、小唄の難しいところだと思う。

伽羅の香

去る、10月27日 八王子文化連盟が開催している「八王子文化祭」の一環として開催された「香の会」に参加しました。今回は、「三種香」という香を聞き分けるゲームでした。三種の香を3包ずつ用意し、それらの中からランダムに3包選択。それらを1包ずつ聞いてそれぞれが同じものか、違うものかを当て、その結果を香図というもので表現しますが、その香図それぞれに源氏物語に因んだ名前が付けられているのが、いかにも香道らしいと思いました。

香道と茶道は関連性が強く、ある意味では香道は茶道の母のように思うのですが、そのことは後日に譲るとして、今日は小唄。

有名な小唄に『伽羅の香』という曲があります。あまりに有名なので、小唄を始めて最初に教えるお師匠さんも少なくないと思います。私もそうでした。

“伽羅の香とあの君様は いく夜泊めても わしゃ泊めあかぬ 寝ても覚めても忘られぬ“

男が女の元に通う通婚の時代でしょうか。夜毎現れる君様は、伽羅をたき込んでいたらしい。重要なのは、想いは「香」ということ。寝ても覚めても忘れられないくらい、「香」は心に残るのでしょう。香で想いを伝える。日本ならではではないでしょうか。

松峰小唄 「雪あかり」

「最果ての 今宵別れていつ会えるやら 尽きぬ名残を一夜妻 帯も十勝にこのまま根室 灯をを消して 足袋脱ぐ人に 雪明かり」

歌人・石川啄木が最果ての釧路の停車場に降り立ったのは、明治41年(1908)1月21日。この時の心情を読んだ歌に「さいはての 駅に降り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りけり」がある。北海道新聞社の前身である釧路新聞社の記者として釧路に入った啄木は、この地に76日間滞在した。

その間、三人の女性と激しい恋に落ちたと言われる。この小唄は、その啄木が釧路を立つ4月5日の前夜の情景なのかもしれない。激しい恋をした啄木も、今宵ばかりはしっとりと最後の夜を過ごしたのだろう。「帯も十勝」は「帯も解かじ」である。帯も解かずに、このまま根室(眠ろう)。静かさ故に激しい恋の炎を感じさせる。小田将人作詞、松峰照作曲(昭和45年)小唄松峰派、代表曲の一つである。

江戸小唄では、一般に古曲を扱う。明治から大正にかけて作られた唄が多く、その時代を唄った楽曲もあるが、江戸時代の庶民の心情を唄ったものが大半である。確かに、江戸情緒に浸るのも悪くない。しかし、唄に容易く共感を覚えることはできない。松峰小唄は、まさに現代の唄であり、我々、特に昭和世代には胸に刺さる楽曲も多い。この「雪あかり」は三味線もドラマチックであり、新曲を得意とする松峰派ならではの名曲だと思う。

もう少しすると、この曲にぴったりの陽気になりますなあ。