能を舞います|2025年11月24日観世能楽堂

私ごと 来たる11月24日(振替休日)東京銀座「観世能楽堂」で開催されます、東京松響会(しょうきょうかい)にて、能 『猩々』のシテを勤めます。シテというのは能楽独特の言葉で、「主役」のような意味合いです。

「松響会」というのは、十四世林喜右衛門社中の素人会です。要は、アマチュアの発表会ですね。能楽には、素謡、仕舞、舞囃子と様々な演出形態がありますが、最も総合的なのが能です。能装束をつけ、曲によっては面(おもて)を付けて役柄に扮して舞います。

私がシテを勤める『猩々(しょうじょう)』は能として演じますので、装束をつけて面をつけて舞います。舞いといっても舞踊ではなく、シテを勤めることを舞うと表現します。

【猩々 あらすじ】
中国の揚子の里に、高風(こうふう)という大変親孝行の男が住んでいました。ある晩のこと、高風は、揚子の市でお酒を売れば、富み栄えることができるという夢を見ます。夢のお告げに従って、お酒の商売をしたところ、高風はだんだんとお金持ちになっていきました。

高風が店を出す市では、不思議なことがありました。いつも高風から酒を買い求めて飲む者がいたのですが、いくら酒を飲んでも顔色の変わることがありません。高風が不思議に思い、名を尋ねると海中に棲む猩々だと名乗りました。

その日、高風は、酒を持って潯陽の江のほとりへ行き、猩々が現われるのを待っていました。そこへ赤い顔の猩々が現われます。猩々は友の高風に逢えた喜びを語り、酒を飲み、舞を舞います。そして心の素直な高風を称え、今までの酒のお礼として、酌めども尽きない酒の泉が湧く壷を贈った上で、酔いのままに臥します。それは高風の夢の中での出来事でしたが、酒壷はそのまま残り、高風の家は長く栄えたといいます。まことにめでたいことでした。

終盤の「酌めども尽きず 飲めども変わらぬ秋の夜の盃。影も傾く入江に枯れ立つ 足もとはよろよろと 酔いに臥したる枕の夢の 覚むると思えは泉はそのまま 尽きせぬ宿こそめでたけれ」という詞章が、一族の繁栄を寿ぐとして祝言の曲として親しまれています。酒好きの私としては他人事とは思えず、猩々に成りきって舞台を勤めたいと思っております。

東京林響会
日時 令和7年11月24日(振替休日) 午前9時30分開演 
    *私の出番は午後4時過ぎの予定です。
会場 観世能楽堂 東京銀座・ギンザシックス地下3階
入場料 無料、出入り自由

お近くにお出掛けのご用事がありましたら、是非ともお立ち寄りくださいませ。

松響会東京大会|2025年11月24日

14世林喜右衛門社中の素人会「松響会」。私は能「猩々」のシテを勤めます。会場は、GINZA SIXの地下3階にある観世能楽堂。GINZA SIXは、私の出身大学の前身である「商法講習所」が1875年に創設された場所です。今気がつきましたが、今年は創立150周年ですね。

それはさておき、当日のプログラムが大方決まってきたようです。私の出番は16時頃です。猩々はおよそ50分の曲です。

11月24日(月・振替)、たまたま銀座に御用がございましたら、観世能楽堂にお立ち寄りいただければ幸甚でございます。素人会ですので、入場料はもちろん無料。出入りも自由です。

皆様のおいでを社中一同心よりお待ち申し上げます。

能楽を稽古して思い知ることは、舞は型の組み合わさせであるということ。「サシ込」「開き」「アゲ扇」「左右」「角トリ」・・・ であるから、各々の型を正確に身につけることが求められる。そして大事なことは、一つの型をしっかりとまとめてから次に型に移ること。

実は、これは茶道の点前でも同じ。点前は、「型」に分解することができる。そして、その型を正確に身につけることが、実は上達の近道なのだと思う。その上で、順番を覚えること。これは、俯瞰すれば、どんな複雑な点前でも構成は同じ。それぞれに、複雑な型が紛れているので難しく見えるが、分解すればやはり「型」の組み合わせなのである。その上で、使う道具に固有の扱いがある。

稽古をしていて共通してつまづくのは、柄杓の扱い。柄杓の扱いという「型」には、点前に求められる体の使い方のエッセンスが詰まっている。次回の稽古では、基本的な「型」の徹底を図ることにしようと思う。