GINZA de petit能『船弁慶』

獨楽庵での催事終了後、銀座に急ぐ。途中、軽い渋滞はあったものの開演30分前にGINZA SIX到着。今日は、林宗一郎師主催の「GINZA de Petit能」。「Petit能(プチ能)」とは週末の夕べに90分というコンパクトな時間で能を知って親しみを持ってもらいたいという企画。今回の番組は『船弁慶』。平家を滅ぼした後、頼朝に退けられた義経が弁慶と共に西国に落ち延びようとするその旅立ちを描いた曲である。観世流に限らず、超人気作の一つ。

このPetit能、90分という時間枠で、解説と演能があるのでどうしても能の部分が端折られている感があるが、それを補って余りあるのが前段の解説。能楽師はどうして揃いも揃って話が上手いのか不思議であるが、今日もその例に漏れず林宗一郎門下の能楽師3名で『船弁慶』の解説。ただ解説するだけでなく、登場人物が舞台に登場して、その人物の背景や衣装について細かに説明してもらえる。これで興味が湧かないはずはない。素晴らしい構成だと思う。しかも、この解説の部分は撮影OK。当日は多くのSNSに投稿があったことと思う。我々、茶道界の人間も学ぶべき点は多々あると思う。

演能は60分ほど。元々100分の曲を60分にまとめてあるので当然省略された部分はあるが、それを感じさせない演出は歴戦のプロならでは。役者もお囃子も地謡も一流揃い。これを仕事帰りにぷらっと楽しめる。さらに人気を博することを祈る。

能楽あるある

能楽に親しみのない方が、驚くことの一つは「舞台に幕がない」ということだと思う。確かに、橋掛の入り口に幕はある。しかし、初めて能楽堂に足を運ぶ人は、舞台に幕がないことにまず驚くことと思う。

能が舞われる時は、橋掛の幕が上がり囃子方が橋掛を通って舞台に向かう。同時に舞台向かって右手の切戸口があいて地謡が登場する。全員が揃ったところで、唐突に笛の一声で全てが始まる。

昨年、ロータリークラブの先輩の在籍50周年祝賀会があり、不詳私も同じ社中の後輩と組んで、仕舞を勤めた。何の前振りもなく、まずは舞台下手から黒紋付袴の私が登場して舞台定座に着席。続いて同じく黒紋付袴の後輩が舞台中央に座り。扇を捌いたら、いきなり私が謡をはじめ。後輩が立ち上がって仕舞を舞うという流れ。

その間、観衆はあっけにとられていたはずである。全てが唐突。仕舞がすんだら、締めの言葉もなくさっさと下手に下がる。あっけにとられていた証拠に、拍手がないし写真も数枚しかない。しばらくして、我々が舞台裏から客席に戻ったところで拍手喝采。

確かに、能に縁がないとこの演出には唖然とするしかないだろう(笑)

B級能鑑賞法的「忠度」

能「忠度」は、世阿弥作の典型的な複式無限能である。前シテは忠度の亡霊が姿を変えた尉(おじいさん)とかつては藤原俊成に仕え今は僧侶となっている人物(ワキ)との邂逅。後シテは、もちろん忠度の亡霊である。

この藤原俊成に仕えた人は今は僧侶になっている(僧侶がワキなのは、ある種の定型)。とある理由(今回は、西国を見たことがないので)により旅に出る。須磨の浜に早くに着いたので休息をとっている。(名所で休憩を取るのも定型)。そうこうしていると、橋掛から怪しい人が現れる。今回は、尉(おじいさん)である。尉と僧侶は言葉を交わし、僧侶は「暮れてきたので宿を貸して欲しい」と切り出す。すると、尉は「この木の下ほど相応しい宿はないだろう」と突っぱねる。そしてボソッと「行き暮れて木の下陰を宿とせば 花や今宵の主人なるまし」と呟く。それこそ、主人公「忠度」の辞世の歌なのである。ここで、尉と忠度の関係を匂わせながら、尉はスーッと消えていく。ここまでは前シテ。

後半(後シテ)は忠度の霊そのものが登場し、自分が討たれる場面を説明しつつ自分が読んだ歌が勅撰集に選ばれたのだが「読人知らず」とされたこと妄執となって成仏できないことを説明する。ワキ(僧侶)は回向を捧げ、修羅の時間となった忠度の霊は去っていく。

忠度の辞世の歌と言われている「行き暮れて木の下陰を宿とせば 花や今宵の主人なるまし」。この歌がこの能のテーマなのである。宿を求めたワキ(僧侶)に、前シテ(尉に姿を変えた忠度の亡霊)は、この木の下で休めという。ワキは「どなたを主とすればいいのですか」と尋ねる。そこで尉は「行き暮れて・・・」の歌を読むのである。で、僧は「その歌は、薩摩守(忠度)!」では、あなたは?と。ここで、“もったいぶって“、尉は消えて行くのである。

そして後シテ。自分の身の上を説明しきった忠度の霊は、僧侶(ワキ)に供養を頼んで消えていくのである。