ネット中継

6月に二年ぶりにイスラエルを訪れました。目的は、30年来年の友人の長男の結婚式。この翌週にイスラエル軍によるイラン核施設への攻撃により戦争がはじましました。滞在中は、その予感さえ感じられない平和な日々でした。

それはさておき、戦争も終わり新郎新婦はハネムーンに出発しますが、その目的地になんと日本を選んでくれました。当然ながら獨楽庵に招待し、茶道体験をしてもらおうと考えています。当日は本格的に茶事の流れで。後座は、茶室にスマホを持ち込んで両親、家族、友人に向けて茶会の様子をネット配信しようと企んでいます。

両親はイスラエルとモスクワ。友人はそれこそ世界中に。時差を考慮するとキリがないのですが、13時30分頃から後座入りしようと思います。これなら、イスラエルとモスクワは午前7時30分。ニューヨークは深夜12時半(のはず)。

どうなりますやら。

灰の手入れ

この時期になると、灰の手入れをします。炉に入れていた灰、風炉で使った灰。全ての灰を篩にかけ、大きなタライに入れます。タライに水を注ぎ、灰を攪拌させると時にブクブクとアクが浮かび上がってきます。この上澄みを捨て、真水を注ぎ灰を攪拌。この作業を4、5回繰り返すと、上澄が透明になってきます。

そうしたら、ドロドロになってタライの底に沈んでいる灰を取り出し、簀に敷いた新聞紙の上に薄く伸ばしていきます。これを一昼夜ひだまりにおいて乾かします。カラカラに乾かすのが秘訣。このカラカラに乾いた灰を再びタライに入れ、ほうじ茶を加えながら砕き揉んでいきます。

こうして湿り気のある綺麗な灰が出来上がります。この灰は甕に入れて保管し、ことあるごとに使用します。ほうじ茶で揉んだ灰、しばらくは湿っていますが、年を越すあたりで乾いてしまいます。湿し灰が本格的に必要になるのは風炉になってから。なにしろ、灰が湿っていないと風炉の中に灰山が作れないのです。つまり、湿した灰が必要な時には夏の炎天下で一所懸命湿した灰はすでに乾き切っているので、再度その灰にほうじ茶を注ぎ揉んで湿し灰を作ることになります。

ではなぜ、夏の暑い盛りに灰をカラカラに乾かした上で、ほうじ茶を注いで揉みに揉んで湿し灰を作るのでしょうか。それは、湿した灰が主眼なのではなく、一年間使った灰を篩い、洗い、揉んで灰を仕立てていくの工程なのです。こうした手入れをうけた灰は一眼でわかります。だから、茶人は炭点前の時に炉中を拝見し、まずもって手入れの行き届いた灰を褒めるのです。その時に、炉中の灰が何年もほったらかしにされていた灰であったら、客はどう感じるでしょうか。

灰の手入れにお金は掛かりません。せいぜい、ほうじ茶くらいです。しかし、想像を絶する時間が必要です。お金では解決できないことに拘る。これが侘び茶なのではないでしょうか。

#茶事をしよう

獨楽庵の様子をInstagram、Facebook、XなどのSNSで発信しています。その際に、「#茶事をしよう」というハッシュタグをつけています。このハッシュタグで検索していただければ、獨楽庵の情報を見つけやすくなりと思います。ご活用ください。

「#茶事をしよう」というのは、獨楽庵のコンセプトの一つです。今日、茶事というと腕によりをかけた立派な料理が折敷(向付け、飯、汁)、煮物、焼き物、強肴、預け鉢、小吸い物、八寸、香の物/湯桶と何品も出され、その間に飯替、汁替があるという豪華な懐石が標準になっています。そのような席に招かれるのは大変嬉しく、楽しいものですが、亭主は大変です。裏方がいれば何んとかなるのでしょうが、一人では大仕事です。茶事の翌日の亭主は、茶事の余韻にひたるどころか疲労困憊ということは想像に難くありません。

このような大掛かりの茶事は日常的に開催することはとても難しいと思いますので、茶事はお祝いなど特別な茶会と位置付けられがちなことも宜なるかなと思います。

獨楽庵は茶道文化を振興するためには「茶事」が果たす役割は大きいと考えますが、そのためには茶事が気軽で、頻繁に、それこそ毎日でもできるものである必要があります。ヒントは、利休の古にありました。利休はその生涯で三菜以上の懐石を出したことは数回しかなかったということです。多くて三菜。二菜の懐石も多くあったと言われています。

利休にならい獨楽庵では一汁三菜の懐石による茶事を実践しています。亭主は、「一日三回、365日できない茶事はしない」などど嘯いております。