山田宗徧の『茶道便蒙抄』には炉中の灰の事として次のようにある。
“口切りの時 未だ世間暖かなれば灰を多く入れ 炭も大きにしてよし 炭を少し置く故なり 灰の仕様炭の寸法定まらず 大小も高下も厚薄も定まらさるようにして 堅く見えぬやうに心得べし 寒天の時は灰も少なくして 炭を多く入れるべし 炭の多少は寒暑にもより 又は釜の大小にもよるなり 心得べし“
灰の高下さ、懐の広狭、炭の大小、炭の数は「定まらぬようにして」、つまり決まりきったようにせず、陽気や釜に合わせ臨機応変に。例えば、炉の季節とはいえ暖かい時には、炭を少なく。ということは、大きな炭を使ってもよろしい。炭の大きさに決まりはないと。そのかわり、火を釜に近づける。つまり、灰を高く。逆に寒い時期には、炭の数を多く。ということは、大きい炭には拘らず、ということか。ということは、炭の置き方も杓子定規にならず、臨機応変にということか。それでいて、「堅く見えぬやうに心得べし」。
関連して、同じく山田宗徧の『茶道要録』には釣釜については次のようにある。
“鎖は老若ともに用ゆ 広席には必ず用いてよし 四方釜は必ず釣りて用ゆ 炉の五徳には据えず“
釜を釣る方法を年齢で分けているのが面白い。「鎖は老若ともに用ゆ」。鎖は年齢に関わらず使ってよろしい。それに対して自在については、後段で “壮年以後五十歳以上のもの 師たるものの免を得て用ゆ“ と、50歳以上で、しかも師匠の許しを得て使えとのこと。
写真は獨楽庵に初めて四方釜を掛けた時のものであるが、きちんと釣っていて安堵。中柱のある席には自在は用いないとの、流祖の言であるが、獨楽庵の太柱は床柱であって中柱ではないので、自在で釣っても良いようである。年齢も50歳超えているし。あとは、師匠の許しだけ。新年早々、家元にお願いしてみよう。