小唄、そして都々逸は「あんこ」という技法を頻繁に用いる。「あんこ」とは、唄のなかに、別の有名な唄の一節を挟むことで、文字通り餡子なのであるが、それにより唄の奥行きが格段に増すのである。
「あんこ」は一種の引用で、あんことして挟まれた一節の持つ世界が聴く人の脳裏に広がり、唄の世界を広げるのである。例えば、歌い継がれた都々逸に「さんざ浮名を流したあげく、”心して我から捨てし恋なれど” 雨の降る夜は思い出す」というのがある。「さんざ浮き名を流したあげく 雨の降る夜は思い出す」では、なんでもない、単に昔の恋路を思い出しているだけであるが、ここにアンコとして”心して我より捨てし恋なれど”が入ると、新派「鶴八鶴次郎」のストーリーが加わり、この情景を実に味わい深いものに変えるのである。
新派「鶴八鶴次郎」の詳細はご自身でお調べ頂くとして、鶴八鶴次郎は悲恋の物語。だから、ここで雨の降る中思い出すのは、浮き名を流した売れっ子時代の鶴八鶴次郎のコンビであり、その後の別れである。そして、すべてを胸に納めた今、雨音のなかで静かに昔を思い出すのである。