淡海節

先週末、唐津で開催された宗徧流義士茶会の翌日、呼子まで足を伸ばしイカを堪能したくだりは既に書いた。また、松峰小唄には、呼子の風景を織り込んだ『呼子の女』という曲があることも書いたと思う。

その『呼子の女』にはアンコとして「淡海節」が効果的に使われている。
“夕映の弁天島の瀬戸こえて 岸に大漁のカマス船 「舟を引き上げ船頭主は帰る」 主を松浦、呼子の女 潮の香りの束ね髪 解けて嬉しい 「浜の松風」“ 以上が『呼子の女』の歌詞であるが、「」で括られた部分が「淡海節」である。

これまで、「淡海」と言うからには「淡水の海」と言うこと、すなわち「琵琶湖」と思ってきたが、どうやら違うらしい。淡海とは、大正昭和期の喜劇役者 志賀廼家淡海(シガノヤタンカイ)のことで、淡海が劇中で歌った「ヨイショコショ節」が原点とのこと。確かに、「淡海節」には「波の音 ヨイショコショ」と言う節がある。

さらに検索を続けると、「淡海節」は淡海が舞鶴巡業中に海に浮かぶ舟を眺め故郷を思い出して作った曲という情報がある。舞鶴だから日本海かとも思うが、淡海の故郷は滋賀県堅田。琵琶湖の辺りであるから、やはり「淡海節」の風景は琵琶湖のものと考えても間違いではないと思う。

ということで、「淡海節」の淡海は、淡海=淡水の海=琵琶湖 ではなく、志賀廼家淡海の「淡海」であったが、結局は琵琶湖の風景を歌った曲である。とどのつまり、淡海節は琵琶湖の風景を歌った歌なのだった。というオチ。

写真は、その志賀廼家淡海。

私の健康法

という程大袈裟ではないですが、できるだけ糖質の摂取を控える食生活を続けています。

父が脳溢血を発症し2度目からは意識が戻らず、寝たきりになったのを間近でみて、その原因である糖尿にだけは絶対にならない・・と、本を読み漁りました。その中で、エビデンスもあり化学的根拠も論理性もあった、京都高雄病院の江辺康二医師が提唱する「糖質制限」を実践することにしました。

当時、私の体重は90キロに届きそうな状態でしたが、糖質制限を真面目に実践することにより体重は一気に76キロにまで落ちました。その間、糖質を大量に含む穀物を徹底的に控える一方、肉、野菜(主に葉物)を摂り、酒は糖質が多いビール、日本酒を辞めウイスキーに絞りました。これにより、体重は減りましたが、驚くことに肝臓の数値が劇的に改善しました。また、血糖値も標準値を保っています。

人間ドックに行くと問診表のアルコール欄に、酒は毎日ワイン換算で1本 と記入しますが、それを見た医師は、「どういう結果が出るか、わかりますよね」と一言。そして、検査結果をみて目をパチクリ(笑) 突っ込みどころがないので、唯一危険水域な尿酸値を取り上げ、アルコール摂取を咎めます。確かに、尿酸は血管にダメージを与えるので改善しないといけないことは理解しています。

糖質制限を続けていて、問題がいくつかあります。一つは、外食、特に昼食が貧しくなることです。街中で美味そうなランチ(そば、パスタ、カレーなど)はどれも高糖質でこれを避けると、コンビニのホットスナックになってしまいます。最初は面白半分で齧っていたのですが、それも続くとストレスになります。思い切って食べないという選択肢を取ることが多くなりました。夜、外食するときは居酒屋、焼き鳥屋は焼き鳥、もつ焼き、刺身など低糖質の宝庫です。これに焼酎の炭酸割り、ハイボールを合わせればストレスなく糖質を20g以下に抑えることができます。

今は、糖質制限を少し緩めて、体重が増えたら厳格に制限して、落ち着いたら少し緩めるという食生活を続けています。

仕舞「鶴亀」

唐津で開催された茶道宗徧流義士茶会、終了後の懇親会の冒頭で仕舞「鶴亀」を披露しました。あるとき、会議で集まった3人がともに観世流を習っていることから、懇親会のサプライズで仕舞を披露しようということになりました。しかし、3人で共通する曲がないことから、観世流では最初に習う「鶴亀」をということになりました。

最初に習うと言っても、それは謡のことで、仕舞を習っているとは限りません。そこで、姉妹としては習っていないものの、能のシテを勤めたことがある私がシテとして舞うことになりました。ほぼほぼ同じといえば、そうなのですが、仕舞は舞扇を持つのに対して、能では軍配です。また、仕舞は紋付袴であるのに対して、能では能衣裳をつけます。鶴亀のシテは、皇帝で狩衣です。ですから、同じ部分を舞っていても、紋付と狩衣では型付けが異なります。まあ、そのあたりは、自主練でなんとか補いました。

で、本番ですが、まず舞台が仕舞を舞うには奥行きがないことに気づきました。まあ、これは歩幅を縮めるなどし対処するしかありません。地謡の2名(お茶では大先輩)とはぶっつけ本番でした。途中、ヤバいところもありましたが、なんとか無事に最後まで舞うことができました。失敗もありましたが、日頃から能に親しんでいる人にしか気づかれなかったと思います。これは、お茶の点前でも同じですね(笑)

「鶴亀」は皇帝(玄宗皇帝と言われている)の長寿を寿ぐひたすら目出度い曲ですが、ご宗家ご臨席の懇親会で、御宗家の弥栄と流儀の繁栄を願って、仕舞を舞えたことは宗徧流門人として忘れられない日になりました。