小唄松峰派樹立55周年記念演奏会

地元の”悪い”先輩に強引に引きづり込まれた小唄の世界。稽古をはじめてはや25年。その間に師匠は2回替わり、現在は小唄松峰派の家元、二代松峰照師のもとで稽古に励んでいます。10年前には、「照正(てるまさ)」という名前も頂き、昨年は「準師範」も頂きました。

「準」とはいえ「師範」となのつく物を頂いてしまうと、「芸者が遊んでくれなくなるよう」と軽口を叩いておりましたが、実際に許状をいただくと、やはりその重みに身が引き締まります。その重みで稽古に励んだ、「雨の宿」と「一人暮らし」を唄います、また、番外では、八王子芸者衆の協力を得て、小唄振りで「未練酒」と「好きなのよ」を唄います。

この25年間、なんども舞台にあがりましたが、小唄の舞台というのは独特の緊張感があります。まず、一曲一曲が短いので、躓くと修正することができません。唄い手は1人。助けてくれる後見はいません。

お茶では、師匠から「常を晴れに、晴れを常に」と教わり続けてきました。「常」がいかに大事か。緊張とは、本番で稽古(常)以上のパフォーマンスを発揮しようとおもう心から生まれる。何事も、稽古以上のものは舞台ではひき出せないのだと悟れば、緊張はない・・・(はず)。あわよくば・・・というスケベ心が落とし穴。こういう心の乱れを大龍和尚は「矛」と言った。そして、その「矛」を己の心を一槌にして打ち砕けと。

万が一、明日午後日本橋にお出かけのことがあれば、三越劇場に冷やかしにお越しください。もちろん、入場無料です。

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能を観に京都へ

京都の北東、一乗寺という地にある関西セミナーハウスにある能舞台「豊響殿(ほうきょうでん)」で催された能を観に京都へ。この地は、雲母(きらら)と呼ばれているようで、豊響殿に登っている急坂道には「きらら」を冠した看板がいくつか見れる。

「豊響殿」は豊臣秀吉三百年遠忌に京都・豊国神社に造られたが、その後この地に移設されたとのこと。豊かな自然の中にある能楽堂。鳥の囀りや竹藪からの風の音が流れてくる中での能は、ビルの中の能楽堂での能とは違い、その出自を感じさせてくれす。

番組は、「百万」。狂物の代表作。奈良の西大寺あたりで子供と生き別れになった女(百万)が狂女となって京に登り嵯峨野清涼寺に辿り着く。ここで、曲舞を舞いながら子供行方を探すのであるが、そこに子供が拾った男と一緒にやってくる。男は、門前の者に面白いものはないかと尋ねたところ、門前の者は百万を勧める。仏のご加護か、我が子の目の前で舞を披露する百万。子供は舞から自分の母であると気づくが、なぜか名乗りでずに舞を観続ける。最後に男が、この子こそ貴女が探していた息子であると名乗り。母子は無事再会を果たし奈良の京都に帰っていく。というストーリー。

狂女の「狂」とが精神錯乱状態になっているという意ではなく、一心不乱になっているという意味。我が子の行方を探すことだけを念じている。百万はそういう女。

能には、子供と生き別れになったという設定のものが少なくない。百万のように理由もわからず離れてしまったのもあるし、攫われたものも。果ては、自分から捨てたというものもある。今の「人権」時代にはありえない話であるが、当時は普通にあったのかもしれない。大抵は再会を果たしハッピーエンドで終わるのであるが、一つだけそうでないものがある。「隅田川」。隅田川の登場人物の供養と伝えられる木母寺は芸能精進祈願でも知られる。この墨田区墨堤通りにある。

墨堤通りといえば、長命寺の桜餅。豊臣秀吉公から桜餅か(笑)

小唄考(1)

「小唄ってなに?」と尋ねられて、一言で説明するのは難しい。25年も稽古を続けていながら・・・ 

そもそも、巷には「祇園小唄」や「お座敷小唄」など「◯◯小唄」という楽曲が数多くある。この場合、「小唄」というのは”短い” ”軽い”唄という意味であろう。しかし、ここで考えようとしている「小唄」は、「◯◯小唄」とは一線を画するもの。あえて言うなら、「江戸小唄」。

小唄の成立を辿ると「端唄(はうた)」から派生したという文章が目につく。実際に、「端唄」と「小唄」両方の看板を出しているお師匠さんも少なくない。だが、敢て小唄と端唄は別物と主張したい。そもそも、端唄は江戸時代にうまれた「流行歌」である。誰がつくったのかも記録されていない。口伝いで普及した流行化である。

これに対して、小唄は作詞者、作曲者がきちんと記録されている。そもそも、小唄はは江戸時代の末期に、二代清元延寿太夫の娘、お葉が父の遺品からみつかった松平不昧公の歌「散るは浮き 散らぬは沈むもみじ葉の 影は高尾か山川の水」に少し手をくわえ節をつけたの始まりといわれている。「小唄 散るは浮き 作詞 松平治郷 作曲 清元お葉」なのである。

先輩諸氏からは「小唄はきちんと師匠と正対して習い、外で唄うときには師匠に許された曲のみとすべし」と教わった。作者がはっきりしているのであるから、しっかり稽古して節をしかりと身につけなければならない。適当では済まされない、ある意味「道」の要素がみてとれる。端唄にそういう要素はない。

写真は、不昧さんのお国、松江の銘菓「山川」。