茶道宗徧流全国審心会総会

9月28-29日の会期で、茶道宗徧流全国審心会の総会が開催されました。審心会とは、宗徧流若手の技術向上と親睦を目的とした会で、他流では「青年部」と呼ばれる組織にあたると思います。三年に一度、全国から会員が集結する総会ですが、今回は宗徧流の故郷である愛知県三河で開催されました。

宗徧流の流祖山田宗徧は、25歳で元伯宗旦から皆伝を受けた後、27歳で三河国吉田藩に出仕し、70歳で家督を甥の宗引に譲るまで、吉田藩小笠原家に茶頭として仕えました。そのため、三河の地には宗徧の茶を受け継ぐ者も多く、また所縁の地も多数あります。その一つ、岡崎の明願寺には、宗徧が建てた二畳茶室があります。

東岡崎の東本願寺別院で総会を行なった後、バスで明願寺に移動。宗徧作の仏像と茶室を見学。蒲郡温泉に移動して、懇親会となりました。私は何故か懇親会の余興を依頼され、小唄を披露することに。

お茶の集まりですので、お茶に関わりのある『散るは浮き』を唄いました。『散るは浮き』については以前このブログで書いたかとおもいます。幕末に二世清元延寿太夫の娘によって作曲されたこの曲は、記念すべき(江戸)小唄の第一号とされています。作詞は、大名茶人として名高い松平不昧公。不昧公は、小唄のために作詞したのではなく、「散るは浮き 散らぬは沈むもみぢ葉の 影は高尾か山川の水」という歌です。その歌の最後を「山川の水」を「山川の水の流れに月の影」と変えて、節をつけたのが小唄「散るは浮き」です。

本当は、三味線を弾いて唄えばよかったのですが、20年以上三味線を習っていてもImpossible Missionです。そこで、師匠に三味線だけを演奏していただいたものを録音し、「カラオケ」として使わせていただきました。それでも、「カラオケ」で唄うだけでは間抜けなので、三味線を抱えて、弾けるところだけは弾き語りするという挙に出ました。結果はどうだったでしょうか。少なくとも、写真はうまく写っています(笑)


追伸 来る10月5日(土) 八王子・織物組合にて開催される「芝ゆき会」に出演します。春日派のお師匠さんの会ですが、松峰派の『未練酒』と『三日月眉』を演奏する予定です。観覧無料ですので、お近くにお越しのことがあればしばしお立ち寄りくだされば幸甚でございます。

白蔵主

去る9月15日に江戸川区立行船公園内の源心庵にて開催された『夕月の会』で薄茶席を受け持った。これは、十五夜に近い日曜日に、月見の風情で野点を楽しもうという趣向の茶会で、その添え釜として池の辺りの月見台を持つ茶室で薄茶席を担当した訳である。江戸川区という完全アウェーの席であったが、多くの獨楽庵友の会の方々に来場頂き、ホームの気分で席主を勤めさせて頂いた。この場をおかりして御礼申し上げます。

その席で用いた香合は、鎌倉彫の『白蔵主』。和泉の国(大阪府南部)の少林寺塔頭耕雲庵には白蔵主と呼ばれる僧侶がいて、稲荷大明神を信仰していたという。ある時、足を失った3本足の白狐をみつけ寺に連れ帰って保護した。この白狐には霊力があり白蔵主をおおいに助けたという。白蔵主には狩猟好きな甥がいたが、白狐は白蔵主に化けて甥に殺生を禁めるのであるが、正体を見破られ罠にかけられるがなんとか逃げることに成功したという。この故事が題材となって狂言「釣狐」が書かれたのは有名である。

その白蔵主に化けた狐が題材のこの香合。どこから見てもたぬきにしか見えない。席中お客様に「何に見えますか」と尋ねたところ、ほぼ100%たぬきとのお答え。まあ、いいでしょう。月には狸なのだから。

茶会(茶事)の魅力

先日、靖国神社で行われた宗徧流家元献茶式にて、家元と一献席で話す機会に恵まれた。話はいつしか、茶事の本質に。

一献席で振る舞われた菜と酒でいい調子になり、その時の話を完璧に覚えているわけではないが、要は「茶事の魅力は道具にあらず」。資料を読み解くと、利休?はおほ同じ道具立てで茶事を催している。それでも客が競って集うのは、茶会(茶事)の魅力が道具ではないことの証左だろう。

では何が魅力で人は利休の茶会に集うのであろうか。結論を言えば、それは利休という人物に他ならないはずである。皆、利休に会いにいくのである。もう少し正確に言えば、茶会(茶事)というフォーマットのなかで利休とコミュニケーションを図るために集まるのである。

常々後進には、「侘び茶とは、道具に頼らない茶」と話しているが、亭主の人としての魅力までは考えが及ばなかった。人としての魅力を高める。まだまだ、修行は続く。