沖のかもめ

秋の勉強会に向けて、新しい曲の稽古をはじめた。『沖のかもめ』。常盤まさ来作詞、松峰照作曲(昭和56年)。松峰派代表曲の一つである。

小唄というと「江戸情緒」という言葉が直ぐ浮かぶので、どうしても江戸時代、新しくても明治という印象がある。実際、その時期に多くの曲がつくられ「古典」として愛好されている。『沖のかめもめ』は昭和56年。世はバブルの入り口。小生は、大学生で勉強そっちのけで日夜プールで格闘していた時期である。

”今宵別れりゃ何時また逢える 思いを込めてグラスを合わせ 言葉にならないさよならを むせび泣くよに流れてる 男と女の涙唄 沖のかもめに汐時問えばよ わたしゃ立つ鳥波に聞け 辛い別れの夜が更ける”

”沖のかもめに汐時問えばよ・・・”の部分はいわゆるアンコであるが、節は「だんちょね節」のようである。「だんちょね」節と言えば、八代亜紀さんのヒット曲『舟唄』のアンコにも使われている。”沖のかもめに深酒させてよ いとしあの娘とよ朝寝するダンチョネ”。

小唄の方は「沖のかもめに」までは同じであるが、「深酒させてよ」ではなく「汐時問えばよ」と続く。この「汐時問えばよ わたしゃ立つ鳥 波に聞け」は、ソーラン節の歌詞であるが、ダンチョネ節とソーラン節では、節も曲調もかなり違う。

要は、小唄『沖のかもめ』のアンコは、ソーラン節の歌詞をダンチョネ節の節に乗せて歌っているというところだろうか。そこで、ダンチョネ節のお決まりである、最後の「ダンチョネ」を省略しているところがミソであろう。「ダンチョネ」がなくても聴く人はダンチョネ節だとわかる。

大ヒットした八代亜紀さんの『舟唄』は、昭和54年。小唄『沖のかめも』ができたのは、2年後の昭和56年。人々の記憶に『舟唄』が生々しかった時期。アンコに考えたのは、「ダンチョネ節」ではなく『舟唄』だったのかもしれない。だから、「ダンチョネ節」の歌詞を、同じ「沖のかもめ」で始まるソーラン節に変えたのかもしれない。ダンチョネ節を直接引用したのではあまりにダイレクトすぎて、小唄の歌詞に奥行きがでない。「汐時問えばよ わたしゃ立つ鳥 波に聞け」というアッサリした文句からは、別れを現実として受け入れなければならない男女のやるせない気持ちが伝わってくる。

痛風〜その2〜

写真は元熊本大学医学部教授の納先生の著作の表紙である。先生は痛風が専門の医師であるが、ご自身が痛風発作を発症して依頼、ご自身を検体に毎日採血して尿酸値の推移を計測された。

その結果分かった事は、①酒を飲むと尿酸値は上がる。これは当然であるが、驚くべき(喜ぶべき?)は②酒を飲まなくても尿酸値は上がるということ。酒飲みにとって酒を断つことはストレスであるある。つまり、ストレスでも尿酸値は上がるのである。では、どうすれば尿酸値は安定(急激な乱高下が発作の引き金になりうるので)するのかというと、③日本酒換算で一合半を飲み続けるのが尿酸値を安定させるということである。

これは酒飲みにとってある意味吉報ではあるはが、日本酒換算で一合半で止めるのはかえってストレスになるのでは・・・と思うのである。

先生は一合半と仰るが、適量には個人差があるはずである。と、今日も酒場に向かうのである。

痛風

2日と空けずに晩酌を。それも始まりはいつもビール。当然痛風の恐怖と隣り合わせなのである。周囲からは、美味しいものに気をつけろ。ビールは止めろと、忠告を頂く。いずれも、「プリン体」が多い飲食物を慎めという意であろう。

しかし、ヒトの代謝メガニズムはプリン体を口から摂取したら、それがそのままヒトの血中のプリン体になるほど単純ではないのである。確かに一部は体内のプリン体になるだろうが、見落とされがちなのはアルコールを代謝した結果プリン体ができるという事実である。それも大量に。

であるから、プリン体が多いからといってもビールを忌避するのはナンセンスで、アルコールはプリン体が多いビールだろうが、プリン体が少ない焼酎だろうが、飲めば体内でプリン体が大量に生成されるのである。むしろビールには利尿作用があり、体内の尿酸の排出を助けてくれる。

と、嘯つつ今日も痛風の恐怖に怯えながらにビールを煽るのである。