三日月眉

我が街、いや日本の名妓にして小唄の師匠であるMさんが、10月に市内のホールで素人会を開く。私は弟子ではないものの、彼女の会の発足当初から応援で参加させてもらっていた縁で、今回も。

舞台では、『未練酒』、『三日月眉』を。どちらも松峰派のオリジナル曲である。

🎵三日月眉にかたエクボ 話し上手で聞き上手 糸の音締めがまた乙で ほんに今夜は別世界 ええ酔った酔った 真から酔いました 角の柳におくられて 出てみりゃ白々明けの鐘

みての通り花柳界を唄った作品である。主人公の男は、馴染みの芸者と小唄を楽しみしここたま飲んで寝入ってしまったのだろう。目が覚めたらもう明けの鐘。その夜をどう過ごしたかは色々と邪推できる。小唄どころでなく、熱い夜を過ごしたかもしれない。

しかし、この男、花柳界を「別世界」と感じる程度に初心なところがある。ここは、いい調子で飲みすぎて寝入ってしまったと解釈することにしよう。その方が、曲調にも合う。

短いところがイイ

とある小唄の会合での挨拶。ズバリ、「小唄は短いところが良い」というお話し。我が人生の師である泰斗ハーさんは、常々同様のことを仰っていた。ハーさん流にひねりが加えられているが。ハーさん曰く、「小唄は短いとろろが良い。相手に対するダメージが少ないから。どんな下手な唄でも三分我慢すれば終わる」。もちろん、ハーさんは下手ではないどころか名手である。

よくも悪くも、この「短い」というのが小唄の宿命である。例えば、三越劇場などで催される大きな演奏会。唄手、糸方合わせて百名以上の演奏家が集うのであるから、確かに大演奏会である。しかし、小唄ならではの悩みがある。まさに、短いが故の悩み。一曲3分。二曲唄ってもせいぜい5分。これだと、遠方の知人に声を掛けるのが申し訳なく思えるのである。1時間以上の時間をかけて劇場にお越しいただいても、お呼びした当人の出番は5分で終わってしまうのである。このあたりに、小唄の演奏会が今ひとつポピュラーにならない遠因があるのではないかと思わざるを得ない。

一方、座敷で同好の師と小唄を楽しむときはこの「短さ」が生きてくる。どんなに下手でも3分我慢すれば終わる・・・とは言わないが。

1984

とある業界の将来像と戦略について議論していて、自分が明らかに権威主義に傾いている事に気がついた。

その時思い出したのが、Apple創業者Steven Jobsの1984年のスピーチ。彼はAppleとIBMを対比するなかで、如何にIBMが新市場のチャンスを失ってきたか述べている。1950年代のゼログラフィ技術、1960年代のミニコンピュータ、1970年代のパーソナルコンピュータ。パーソナルコンピュータには、大慌てでその名もIBM PCをもって参入しているが。

ミニコンピュータは、Digital Equipment Corporation (DEC)が生み出したセグメントであるが、IBMは、”to small to do serious computing”としてdismiss(拒む)した。Appleが生み出したパーソナルコンピュータも同じ。

新たな胎動を当時のIBMのようにdismissしてはいないだろうかと反省した次第。

リンクはそのJobsのスピーチ。https://youtu.be/xopj35NvcHs?si=QtGvEv7vXwZ-UQBX