Tears In Heaven

我が青春時代。アイドル筆頭は間違いなく、松田聖子であった。そのアンチで中森明菜も大いに人気を博していた。

その我が青春のディーバ二人が揃ってジャズのカバーアルバムをリリースしている。松田聖子は、覆面(今時で言えばステルス)で発表した“Sweet Memories”でジャズとの相性を立証しているが、対する中森明菜は絶頂期の歌声からもジャズの香りを感じていたもの。両名が揃って、ジャズという、ある意味、自分のプロフィール全編を掛けた音楽表現に踏み出したのは、ファンとしては慶賀の至りである。

両嬢とも、自分のヒット曲をカバーして、同じ熱い時を過ごしながらも今は人生の終盤に向っていることを自覚せざるを得ない身には、まさに『同級生!』という感情を抱かせる訳であるあが、中森明菜が自分の楽曲を見事に年齢通りに再表現している(それはそれで見事なのである)のであるが、やはり泣けるのは松田聖子が歌う『Tears In Heaven』である。

この曲はご承知の通り、Eric Claptonの作品で、1991年にアパートの階段から転落して死亡した当時4歳の息子コナーを悼んで作った楽曲である。この歌を、沙耶香を同じ転落で失った聖子ちゃんが歌うには、どれだけ葛藤があったことか、察するにあまりある。それを乗り越えて、“Tears In Heaven”を歌う彼女の表情は、何よりもこの楽曲に深みを与えている。お決まりの、お涙頂戴では決してない。むしろ真逆に、さらっと。それができるのが人生の重みというのなのだろうか。

1984

とある業界の将来像と戦略について議論していて、自分が明らかに権威主義に傾いている事に気がついた。

その時思い出したのが、Apple創業者Steven Jobsの1984年のスピーチ。彼はAppleとIBMを対比するなかで、如何にIBMが新市場のチャンスを失ってきたか述べている。1950年代のゼログラフィ技術、1960年代のミニコンピュータ、1970年代のパーソナルコンピュータ。パーソナルコンピュータには、大慌てでその名もIBM PCをもって参入しているが。

ミニコンピュータは、Digital Equipment Corporation (DEC)が生み出したセグメントであるが、IBMは、”to small to do serious computing”としてdismiss(拒む)した。Appleが生み出したパーソナルコンピュータも同じ。

新たな胎動を当時のIBMのようにdismissしてはいないだろうかと反省した次第。

リンクはそのJobsのスピーチ。https://youtu.be/xopj35NvcHs?si=QtGvEv7vXwZ-UQBX

趣味

趣味は?と尋ねられると「茶の湯、小唄、能楽」それと「ゴルフとテニス」と答えるしかない。ほとんどの方は、「和事がお好きなんですね」と仰る。

確かに客観的に見れば「和事」が好きなのかもしれない。しかし、それは結果論であり、成り行き任せの成れの果てなのである。

私を小唄の世界に引き摺り込んだのは、地元における小唄の泰斗「はーさん」である。同窓会の重鎮にして地元経済界でも一目置かれる「はーさん」からある時電話がかかってきた。「今から遊びに行ってもいいかい?」「もちろんです」 しばらくして「はーさん」が来社。しばらく世間話をして「さあ、行くか」と。「どこに行くんですか?」と聞いても、「ついてきたら分かる」の一点張り。かくして到着したのはビルの最上階にあるカルチャースクールの「小唄教室」。数名の受講者がすでに着席していて、真ん中に師匠が。何がなんだかわからないうちに、「じゃあ、唄ってみましょう」と歌詞を渡されたのは、「伽羅の香」だったと思う。

師匠について何度か唄うと少しは慣れてくる。そうすると周囲から「男性は声がいいわね」とか「筋がいいわね」と妙なお褒めの言葉が。これに浮かれた訳ではないが、正式に入門して稽古を始めることになる。その後、師匠は2度変わったが今でも小唄の稽古は続けていて、25年を数える。年数だけ言えばベテランの域かもしれない。小唄はすでに人生の一部になっている。このような世界を与えてくれた「はーさん」にまず感謝したい。

この話には、重要な前段がある。「はーさん」は常々「人間誘われるうちが花」と仰っていた。文字通り取れば、「誘われるうちに、やっておきなさい」ということ。しかし、これには裏があって、「誘う方も真剣なんだ」ということ。自分が属してしかも大切にしているコミュニティに新人を誘うことはとても勇気のいることだと思う。その輩の行動遺憾によっては自分のコミュニティ内での立ち位置に係るからである。だから、そのリスクを承知で誘うということは、そのことをしっかり受け止め真摯に決断すべきだということ。もちろん、誘いに乗ることがベストであろう。

思えば、誘われたら断らないということは私の人生訓かもしれない。