船越席

茶苑獨楽庵には、二つの三畳台目席があります。一つは、この茶苑のシンボルである太柱席胡と「獨楽庵」。三畳台目向切・右勝手。点前的にはハードル(というか、落し穴)の多い席ですが、庭に向けて壁ではなく障子が貼られていますので、明るく開放的です。

この獨楽庵を陽とすれば、もう一つの三畳台目「船越席」は「陰」と言えるかもしれません。三畳台目出炉・左勝手。中柱、釣棚。四方を壁と比較的小さな明かり取りで囲まれた席は、獨楽庵と異なり凛とした緊張感があります。久しぶりに船越に入ってみると、獨楽庵とは違う茶の湯の楽しさを主張しているように思えました。

簡単に言えば、獨楽庵が「数寄」の茶であるのに対して、船越は「求道」の茶。茶の湯の精神性を思い出しました。3月は、春を迎え浮たった外の空気と、船越の緊張感の対比を楽しんでみようと思います。

雉も鳴かずば

写真の掛け物は、先日の『第一回倶楽茶会』で獨楽庵席をご担当頂いた、無持菴様の置き土産。奈良・興福寺から拝領した太柱を使って、この茶室「獨楽庵」を北鎌倉に建てた、武藤山治の直筆による画賛。

鐘紡の社長を勤めた後、政界に進出する側、時事新報社に加わり政界の闇を告発。それが遠因になってか、昭和9年3月9日 自宅前で暴漢に銃撃を受け翌日死去。前半の「雉も泣かずば・・・」はあまりに皮肉であるが、後半の意は、「正しいことをしているのだから何を恐るるべき」ということ。身の危険を感じながらも、不正を告発せずにはいられない武藤の矜持。

3月10日は、山治九十二回忌。

桑心会別会

昨日(2月18日)は、書道史・書文化研究の第一人者・名児耶明先生をお招きしての講演会でした。桑心会のメンバーだけでなく、書道家、書道愛好家をはじめ日本文化に関心を持つ方々20名以上にご参加頂きました。

中国から伝来した文字(漢字)がどのような変遷をたどり我が国独自の文字である仮名にいたり、さらにそこにどの様に芸術性が込められてきたか。先生の優しさ柔らかさの中に秘めた情熱に参加者もお話に聞き入っていました。文字の散らし方、線の濃淡、空間の使い方・・・などなどは、日本の自然に影響を受けているという先生の説を、実際の書と自然の写真を比べて解説され、すっきりと腑に落ちました。

我々現代人はあまりに活字に慣れすぎ、手描き文字の芸術性について無関心であったことを痛感しました。茶室に掛けられているお軸を鑑賞する際にも、どうしても内容に関心が入ってしまい、書を芸術として鑑賞するという姿勢がありません。なんともったいないことか。

講演会後は、先生を囲んで点心と呈茶。この場でも話に花が咲きました。

獨楽庵では、これからもこのような意義のある講演会を続けていきたいと思います。お楽しみに。また、ご参加をお願いいたします。