引き続き、能楽の話

noteにも書きつずっていましたが、昨日の舞台稽古で改めて感じたので、こちらでも書いておきます。能と茶道の共通点について。

能の舞は、型の組み合わせです。途中、曲特有の所作が入ることはありますが、基本は型の組み合わせです。型というのは、〈打ち込み〉〈指し込み〉〈ヒラキ〉などの決まった所作です。対する茶道の点前も型の組み合わせです。点前を稽古していると、どうしても流れに意識が行きがちで、型の組み合わせであるということを忘れがちです。

能も茶道も、一つ一つの型を正確に体に染み込ませることが肝要です。そして、型であるからには、一つの型が終了するまでは次の型を始めないということを肝に銘じる必要があります。流れに意識がいくと、どうしてもその点が疎かになります。

現在、11月24日の銀座・観世能楽堂の舞台に向けて稽古も佳境に入っていますが、能面をつけて舞う時には、常に柱を確認しながら動くことも必要になります。能面をつけると、顔の前5センチ位のところにある2、3センチの穴から覗く景色が全てです。そのような状態では、動作特に回転を伴う動作はゆっくりと柱を確認しながら舞わないと柱を見失ってしまいます。柱を見失ったら最後、能舞台からの転落もあり得ます。柱に衝突することもあるでしょう。あるいはお囃子方と接触してしまうかもしれません。このような視界が限られる、緊張状態で舞うのはかなりの精神力が必要です。それと同時に、基本をしっかりと反復すること。決められた歩数を決められたとりに進むこと。

宗徧流では、電灯を消した自然光下での茶席が原則です。建物によっては、陽の光が十分に入らず暗闇になってしまう場合もあります。その時には蝋燭に火を灯しますが、それでも視界十分とは言えません。そのような状態で、粗相なく点前を進めるためには、やはり基本の型の反復が必要です。

視界が十分にある状態では、このようなことを意識することはありません。見て確認すればいいのですから。視界が限られた状態での稽古。気付きは沢山あります。能でも茶道でも。

◉松響会(林喜右衛門社中の素人会)
 日時 東京銀座・観世能楽堂(GINZA SIX地下3階)
     11時頃より番組が始まります。
     私は午後5時頃の出番だと思います。
 入場料 無料、どなたでもご覧になれます

当日、銀座に御用があれば、観世能楽堂にお立ち寄りくだされば幸甚でございます。

人生初能面〜その2

去る9月10日、人生ではじめて能面をつけて能舞台(銀座・観世能楽堂)に立ちました。能面を通しての視界は想像以上に狭く、限られた視界(情報)を頼りに、自分の立っている位置を頭に描くという行為に、ことのほか脳のパワーをとられてしまいます。

そうすると、頭の中で順番を確認しながら舞うということが出来なくなり、途端に舞が崩れます。この感覚、どこかで味わったことがあると思ったら、灯台下暗し茶道でした。

茶道宗徧流11世家元・幽々斎宗匠からは稽古の時に、「下を向くな」「茶碗を覗くな」と指導されます。そして、稽古場は明かりを消した薄暗闇。明かりは蝋燭の火だけです。このような状態で点前をすると、自分がいかに視覚に頼って点前をしていたかを思い知らされます。もちろん、道具を扱うわけですから目をつむって点前をするわけにはいきません。しかし、視覚に頼りすぎてもいけません。例えば、濃茶を練るとき、視覚に頼るとどうしてもお茶の状態を目で確認しようとしてしまいます。しかし、それでは茶筅を通して伝わる情報を逃してしまいます。本当に大切なのは練り加減で、それは目よりも指のほうが敏感に感じられるはずなのに。

そうするには、濃茶を練るという点前が型として体に染み付いている必要があります。考えながらでは、指の感覚が鈍るからです。能もおおらくそういう事だと思います。視界は必要。しかし、視界に頼っていては舞が乱れる。成立しない。

あと2ヶ月。舞を体に染み込ませることはできるのだろうか。

松響会・東京大会本は
日時 令和7年11月24日(月・振替休日)
会場 観世能楽堂(GINZA SIX地下3階)
入場料 無料(出入り自由)

私は、『猩々』のシテを勤めます。番組的には、おそらく最後(トリ)になると思われます。お近くにお越しの折には、どうぞご笑覧くださいませ。


人生初能面

今日は獨楽庵をお休みにして、銀座・観世能楽堂を訪ねした。

11月24日(月・振替休日)に銀座・観世能楽堂(GINZA SIX地下3階)で開催される。14世林喜右衛門社中の素人会『松響会』の舞台稽古でした。私は、この『松響会』で、能「猩々」のシテを勤めることになっています。能はこれまで、「鶴亀」、「橋弁慶」と2回能舞台で舞わせて頂きましたが、どちらも直面(ひためん)で素顔でした。今回、初めて能面をつけて舞うことになります。

今日は2回の舞台稽古があり、前半の稽古は面をつけずに立ち位置と、そこから見える景色の確認。後半は能面をつけて。生まれて初めてつける能面は、想像以上に視界が限られています。額の前2、3cmのところにある直径2-3cmの穴を通して見える景色が全てです。見えるのは、舞台にある4本の柱と劇場の壁くらいです。能舞台にある4本の柱は観客でいる時は不思議に思っていましたが、あれは能役者の命ずなだと理解しました。さらに、4名のお囃子のうち小鼓、大鼓だけ床几に腰かけている意味も理解できました。大小前という舞台中央を知らせる大変重要な目印だったのです。

もう一つわかったことは、視界が著しく限られていることから、自分の立ち位置を把握するために脳の処理能力の大半を持っていかれること。ここで4歩前に出て、差し込み、開き・・・などど頭で型をなぞっているようでは、成り立たないことがよくわかりました。頭が真っ白になっても、体が自然と動くように舞を身体に染み込ませておかなければならないことを痛感しました。日頃、茶道の弟子に言っていることが、そのまま我が身に返ってきた感じです。

同時に視界が限られている故の「自由」の片鱗も感じることができました。茶道の点前でも感じましたが、照明を落とし薄暗い(視界が限られる)中での点前では、自分の点前を上空から俯瞰しているような感覚を得ることがあります。今日の能面をつけての舞台稽古でもその片鱗を感じることができましたが、まだはっきりと俯瞰しているという意識はありません。

舞台まであと2ヶ月と少々。自分の舞を俯瞰できるレベルまで到達できるのか(汗)

能楽師シテ方観世流 14世林喜右衛門社中素人会 「松響会」
日時 令和7年11月24日(月・振替休日) 11時より
会場 観世能楽堂 GINZA SIX地下3階
入場料 無料 出入りも自由です。

当日、観世能楽堂にてお目にかかれれば幸甚でございます。
私の出番は番組中の最後(トリ)。夕方になると思います。