今日の獨楽庵は、お客様もなく静かな一日でした。この週末は春を思わせる陽気でしたが、今週は冬に逆戻りのようです。寒さばかりを考えていましたが、庭はひと足さきに春の気配。芽吹いているわけではありませんが、極寒期の凍るような色彩ではなく、なんとなく淡いトーン。
去年は4月に行った茶飯釜。今年は3月にしようと思っています。

次回月釜は、2月14日(土)開催です。
今日の獨楽庵は、お客様もなく静かな一日でした。この週末は春を思わせる陽気でしたが、今週は冬に逆戻りのようです。寒さばかりを考えていましたが、庭はひと足さきに春の気配。芽吹いているわけではありませんが、極寒期の凍るような色彩ではなく、なんとなく淡いトーン。
去年は4月に行った茶飯釜。今年は3月にしようと思っています。
1月16日(金)、鎌倉浄明寺・茶道宗徧流宗家の初釜にお呼ばれでした。私は、初日の第一席で正客を仰せつかりました。つまり、お家元が今年初めてお点てになった濃茶を、最初に頂く栄に浴したわけです。
家元が還暦を迎えられる本年、床はご自身の筆になる「力囲希咄(りきいきとつ)」。茶席では、家元より「あなたにとっての力囲希咄とは?」という問いが投げかけられました。私にとって力囲希咄とは宗徧流そのものです。この四字(本当は、三字)から、宗徧流初代・山田宗徧は力囲斎を名乗り、師匠の宗旦は咄咄斎を名乗りました。力囲希咄はいうまでもなく、利休の遺偈の一部です。このことは、宗旦・宗徧の師弟は、利休の侘びを正く受け継いでいることを示しています。同時に、宗旦・宗徧の師弟は、力囲希咄から自らの斎号を選びました。そこには師弟の強い絆が感じられます。
ちなみに、「希」をとって、八世宗有宗匠は希斎と名乗られました。また、宗徧流家元は若い時には、宗カ。若宗匠になると宗囲、そして襲名されて宗徧と名乗ります。これも、力囲希咄に由来しています。
(注意)写真は、初釜で掛けられた幽々斎宗匠の筆ではなく、大徳寺・翠巌和尚の「力囲」です。
今日は獨楽庵をお休みにして、茶道宗徧流家元初釜に伺いました。今回は、事前に正客が指名されていて、私はなんと初日の第一席目の正客でした。つまり、この世で一番最初に丙午年にお家元がお点てになった濃茶を頂けるのです。
今回は、茶通箱という趣向でしたので、正客が御茶を持参するということになっています。私は、その栄誉に感謝し、上林春松の「初昔」をお持ちしました。薄茶はかなり捻りを入れて、同じ上林春松の「松風昔」。「昔」を名乗っていますが、上林的には薄茶用ということになっています。
本席に連なる座敷の床には、汐汲みの羽子板が飾られていました。歌舞伎の汐汲みは、能の「松風」から来ています。在原行平の寵愛を受けた姉妹「松風」と「村雨」の物語です。歌舞伎「汐汲み」→能「松風」で「松風昔」を持参しました。これは捻りすぎでしたね(笑)